「応力腐食割れ」でなく「金属疲労」にしておこう - 日経ものづくり - Tech-On!
スタートは1997年4月。当時はまだ『日経ものづくり』(2004年4月創刊)の前身である『日経メカニカル』でした。「1年は何とか続けたい」と,1年限定で始めたコラムが,多くの読者の皆様に支えられて,この春には12年目に突入します。事故の責任追及ではなく,事故の再発防止のために分析を試みるコラム「事故は語る」のことです。
事故や不具合に関する情報の入手性が飛躍的に高まったここ数年は,ネタにそう困らなくなりましたが(ネタが減らない,つまり事故が減らないことには,編集部一同,心を痛めていますが…),それまでは,そもそも取材をさせてもらえない,取材に行っても冷ややかな対応で記事にできるほど情報をもらえないなど,毎号綱渡りの掲載でした。当時を思い返すにつけ,長寿コラムとなったことに深い感慨を覚えますが,それはさておき,「事故は語る」の過去11年分の記事を集めた『事故の事典』がこのほど完成しました。
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もう少し正確に言いますと,同書には「事故は語る」だけではなく,特集や特報などで報道してきた事故関連の記事も収録しています。三つほどご紹介しましょう。一つめは,ステンレス鋼の腐食事故をまとめた「ステンレスに騙されるな」。ステンレス鋼の腐食事故の根本には,不銹鋼と呼ばれるステンレス鋼の耐食性に対する過大評価がありました。二つめは,ボルト締結にかかわる事故を解説した「さらば!ねじ緩み」。ねじの緩みから疲労に至る事故のほとんどは,安易なボルト締結が引き金になっていました。三つめは,応力腐食割れの事故を採り上げた「金属は突然壊れる」。実は,この問題に関しては,ものづくりの現場の多くがほとんど「ノーマーク」という状態でした。少し詳しく説明しましょう。
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当時,応力腐食割れは,原子炉のシュラウド(圧力容器の中にあって燃料棒や制御棒を収納する円筒状の隔壁)に発生する亀裂など原子力分野の問題という認識が多くを占めていました。私自身も,そうでした。ところがある時,腐食の専門家に「応力腐食割れは,特別な分野の問題ではない。我々の日常の中でも起きている」と教えられ,取材を進めてみると,マイルドな環境でも意外に起きていることが分かったのです。例えばある倉庫では,保管していた鋳鋼製の圧延用ロールが,数日後に二つに割れてしまいました(事故ではありませんが)。問題の鋳鋼は湿度の高い夏場に造られたために,大気中の水素が中に入り込んでいて(水素濃度は1ppm以下とわずか),応力腐食割れの一つで「置き割れ」と呼ぶ水素脆化(ぜいか)を引き 起こしたのです。そういえば,以前,本ブログで紹介した「熱湯が出るホテル」でも,応力腐食割れのトラブルに見舞われました。
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「応力腐食割れは古くて新しい問題。今なお,起き続けている」とする専門家。一方,「応力腐食割れは原子力分野の問題」と考える多くのものづくりの現場。両者には,なぜ,これほど大きなギャップが生じるのか。取材を進めていくうちに,その理由が次第に分かってきました。「金属疲労やオーバーロードなどの陰に,多くの応力腐食割れの事例が埋没している。例えば,亀裂の発生の根本的な原因が応力腐食割れ,破断に至る最終的な原因が金属疲労というケース。この場合,大抵は金属疲労の問題として片付けられている。このように材料の破断原因を応力腐食割れではなく金属疲労とする分析は,例えばガンで亡くなった人の死因をガンではなく心不全に求める診断のようなもの。根本的な原因については言及していないので� ��る」(腐食の専門家)。
これには理由が二つありました。一つは,金属疲労以上に応力腐食割れが難解であること。もう一つは,事故調査に当たる識者には金属疲労の専門家が多いこと。彼らが,応力腐食割れと金属疲労の複合的な事故の解析を実施し,結果を官庁などに報告する場合,小難しい応力腐食割れではなく,比較的分かりやすい疲労として処理した方がスムーズに進行する。しかも,解析に当たった専門家が自身の専門分野である金属疲労に問題点を見いだしておいた方が,専門家自身の研究生活に何かと有利になる。つまり,実際には応力腐食割れはいろいろなところで起きているのに,金属疲労の陰に隠れてあまり表沙汰になってこなかったのです。
こんな特集を,今回の『事故の事典』の編集に当たって読み返し,あらためてここに大きな問題が潜んでいると感じました。応力腐食割れの問題を金属疲労の問題にすりかえることにより,正しい再発防止策が打てなくなる。結果,対策したつもりでも,再び同じ轍を踏んでしまう恐れがある。再発防止の第一歩は,事故のメカニズムをきちんと解明し,真因を明らかにすることにあります。今回,147件の過去の事故の記事に触れながら,『事故の事典』が少しでも再発防止のお役に立てればと,願わずにはいられませんでした。
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